以前紹介した禁煙のデメリットについて考えてみたら、全て言い訳だった件

以前挙げた、「禁煙のデメリットはある?禁煙のメリット・デメリットについて考察してみる

の記事について、個人的な禁煙のデメリットを3つ紹介致しました。

私的にこの3つがあったことにより、ずっと禁煙出来なかったわけですが、この3つのデメリットはよくよく考えたら、ただの禁煙を始めない言い訳にしか過ぎなかったことを理解しました。

 

そんな3つのデメリットについて、なぜ言い訳だと感じたのか?

ご紹介致します。

 

3つのデメリットは、所詮言い訳

煙草という習慣が無い人生はつまらない?

 

煙草という一つの習慣が無くなってしまうのは、確かに寂しいことかもしれません。

習慣が無くなることは、人間にとって苦痛な訳ですから、寂しいと思わないほうが特別と言えるでしょう。

しかし自分が煙草を吸っていなかった頃は、寂しい人生だったでしょうか?

寂しい人生ではなかったはずです。「むしろ煙草なんてこの世から消えてしまえ!」

と思えるほど、煙たくて臭いものだったはずです。つまりそれは、ただの思い込みにしか過ぎなかったのです。

本当につまらなくなるのであれば、見事禁煙した人たちはみんな軽い鬱症状を患っているでしょう。

更に、煙草を吸う人ほど幸福度が低いことが分かっています。

興味があれば、こちらの記事もご覧ください。

 

煙草という習慣が無くなるのが辛い…というのは、

煙草を吸う以外にすることがないから辛いのです。

手持ち無沙汰になったり暇になってしまうと、人間はありとあらゆる雑念を思い出します。

どうでもいいことや、過去のトラウマ。

そんな雑念のなかに、煙草に対するモヤモヤが存在するのです。

そんなモヤモヤのなかに、「煙草が無い人生はつまらない。」という思いが募り、禁煙に失敗してしまうのがニコチンの常套手段。

まずは、煙草がない人生はつまらないという間違った認識を変えていきましょう。

認識を変えられたら、もう半分成功したようなものです。

 

煙草を辞めたからと言って、コミュニケーションが取れなくなる訳ではない。

煙草を吸わないからと言って、今まで喫煙所内でコミュニケーションを取ってきた人たちとの縁を切る…ということではありません。

別に煙草に関係なく、人間話そうとした時に話すことは可能です。

そんなコミュニケーションを、煙草が無いと不可能と勝手に決めつけているだけです。

 

更に私の場合、コミュニケーションと一口に言っても…

ただの雑談。あるいは愚痴。

思い当たる節があるかもしれません。

雑談でも愚痴でも、コミュニケーションを取ることはいいことだろう。

と考える人がいるかと思いますが

煙草を買って吸ってまで、そんな雑談や愚痴を話したい・聞きたいと思いますか?

 

何か向上心を上げてくれる話があったり、今後の人生に役立ちそうな情報を聞けるのであれば、タバコミュニケーションもきっと素晴らしいものになるでしょう。

しかし、いつも聞くことや話すことといえば、雑談や愚痴。

なんなら悪口を聞くときですらあります。

愚痴や悪口を聞いても気分が悪くなるだけで、言う方も聞く方もデメリットでしかありません。

もしタバコミュニケーションで、いつも愚痴や悪口を言ってくる人がいるのであれば、煙草どころかその人と縁を切った方がいいでしょう。

 

脳がクラクラするくらいの快感を求めている以上、ただのニコチン中毒者である。

「脳がクラクラするほどの快感を味わいたい…」

こんなことを思っている時点で、ただのニコチン中毒者・ニコチン依存症という病気に犯されているだけです。

こんなことをずっと考えていては、死ぬまで一生ニコチンの奴隷に過ぎません。

もし同じことを考えている人がいるのであれば、辞めたほうが無難です。

頑張りましょう。

 

まとめ

  • 煙草を吸わないからと言って、その人たちと縁を切ることではない。
  • 煙草という習慣がない人生はつまらない…はただの思い込みである。
  • 脳の快感を求めている時点で、立派なニコチン依存症という患者であることを理解する

 

最後までお読みいただき、ありがとうございました。